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駆け出しエンジニアの気ままにブログ

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【本まとめ】デビッドボームの名著「ダイアローグ」から、目からウロコの重要ポイント9個をまとめてみる。  

対話とは、相手との共通理解を探し出す行為。

今回は、物理学者であり、哲学、社会心理学にも明るい著者が、ダイアローグについて論じた名著についてまとめます。

「対話の対話の目的ってなんだっけ?」

「思考ってなんだっけ?」

といった、根本的な「問い」に対して、非常に興味深い示唆があります。


今回は、私が勉強になったなーと思う9個のポイントをまとめます。

(1)ダイアローグの語源は dia(〜を通して) + logos(言葉)

・「ダイアローグ」の語源はギリシャ語の「dialogos」。この語源から、「ダイアローグ」には人々の間を通って流れている「意味の流れ」という映像やイメージが生まれてくる。これは、グループ全体に一種の意味の流れが生じ、そこから何か新たな理解が現れてくる可能性を伝えている。

「ダイアローグ」の言葉のイメージは「人々の間における言葉や意味の流れ」を表すもの。複数人間での意味の流れの共有が、対話の本質と言えるのかもしれません。

 
(2)誰もが様々な種類の想定を持っている

・誰もがさまざまな種類の想定をもっている。政治や経済、宗教の問題にとどまらず、人が何をすべきか、人生とは何かといった問題などにまで及ぶ。こうした想定を「意見」と呼ぶこともできる。意見とは、つまり想定なのだ。 ・人は自分自身と、自分の意見とを同一視する。人の意見は、自己の利益への投資に縛られているのである。また、人が持っている様々な意見が、過去の思考の結果だという点は重要である。あらゆる経験が記憶にプログラムされているのだ。そして、意見は「真実」としてとらえられがちだ。

「意見=想定」は、政治や経済、宗教、個々の特性・価値観などによって生まれるものであり、過去の思考(描写からの提案)の結果ということ、そして、「意見」と「真実」は違ったものであると認識することが大切ですね。

 
(3)必要なのは「意味の共有」

・社会がうまく機能するのは、文化が存在するときだけである(そこには意味の共有が含まれている。すなわち、意義や目的、価値を共有するということである。)そうしたものがなければ、社会は崩壊してしまう。

人は社会に生きる。社会が機能するには文化が必要であり、文化は意味の共有により生まれる。そして、意味の共有は「対話」により生まれる。まとめると、人が生きるためには「対話 → 意味の共有 → 文化 → 社会」が必要ということですね。

 
(4)対話の目的は、意見を目の前に掲げて、それを見ること

・対話の目的は、物事の分析ではなく、議論に勝つことでも意見を交換することでもない。いわば、あなたの意見を目の前に掲げて、それを見ることなのである。

対話の目的は、(課題・意見の)描写であり、描写により思考が可能になる。この描写(前提や想定に依存)の精度が低いために、思考の方向性がインコヒーレントになり、間違った方向の判断が生まれる。と著者は提言しています。

・さまざまな人の意見に耳を傾け、それを掲げて、どんな意味なのかをよく見ることだ。完全な同意には達しなくても、共通の内容を分かち合うようになる。意見はどれもこれも想定なのである。あらゆる意見を理解できれば、別の方向へもっと創造的に動けるかもしれない。

多くの人との対話により、描写の精度が上がれば、共通で、同じ方向性の(コヒーレントな)思考ができるということですね。その先に、よい文化、よい社会があるということでしょう。

 
(5)「思考」とは暗黙のプロセス

・考えることの具体的なプロセスは非常に暗黙的なものである。基本的に、その意味は言葉に表されない。そして明確に言いあらわせるものは、意味のごく一部にすぎない。

思考は、言葉には表されない暗黙のプロセスとのこと。たしかに、一度獲得してしまった思考プロセスは、注意して意識しないと、暗黙のうちに進む見過ごしてしまうものですね。

 
(6)思考プロセスの観察

・敵意であれ、他のどんな感情であれ、自分の反応に気づくことが必要だ。他人の敵意によって自分の敵意が誘発されることを知るべきだろう。重要なのは、耳を傾け、眺めること。観察し、実際の思考プロセスやそれが起きる順番に注意すること。

思考プロセスが起きる順番に注意する。どういう順番で物事を見て、どのように発案して、どのように評価・判断しているのか、そのプロセスが重要ということです。たしかに、ルーチン化されている思考は、注意しないとそのプロセスに気づくことも難しいですよね。

・思考するのは、考えようという意図が働くからである。問題が発生し、考える必要があるという発想から、こうした意図が生まれている。観察していれば、考えようとする自分の意思や考えようという衝動に気づくだろう。そのあとに思考が生まれ、そこから感情が発生するかもしれない。

思考は自然発生するものではなく、何かしらのプレッシャー(問題、欲求不満)や意思(目標設定、別の思考などからの必然性)などから発生するもの。この前提を認識しておくと、自身の思考プロセスを再検討する際に役に立ちそうです。

・自分の好みに従って行動することが、自由である場合はめったにない。人が好むものは考えた事物によって決定されるし、それは決まり切ったパターンである場合が多いからだ。我々には新しい方法でグループを動かすための創造性が必要である。

何にも縛られていない場合、人は安定した定石通りに(楽な方に)動く(易きに流れる)というもの。たしかに、無意識に楽な方を選ぶのは人間の本質なのかもしれません。改善には変化が必要だし、そのために思考プロセスを見直すことが重要 → 対話が有効 と言えますね。

 
(7)真の危機は出来事の中ではなく、思考の中にある

・真の危機は、人間が直面している出来事、たとえば戦争や犯罪、ドラッグの問題や経済的混乱や公害の中にあるのではない。そうしたものを生み出している思考の中にこそ、常に危機がある。思考は人々の間に行き渡っている。それはウィルスに似ているだろう。なぜか世界に蔓延する、思考や知識や情報の病なのである。コンピュータや、ラジオやテレビが増えれば増えるほど、この病は広まっていく。こうした事態を阻止する、免疫システムのようなものはあるだろうか?ウイルスさながらに広まる思考を止める唯一の方法は、それを認識し、受け入れ、正体を探ることである。

このロジックは、いじめをはじめとした様々な社会問題への対策にも応用できそうです。問題は顕在化した出来事にあるのではなく、思考プロセスにあるということ。つまりは、グループの文化、グループ内の意味の共有、グループ内の対話にあるということができそうです。

 
(8)思考は記憶から生まれる

・人が考えたことに基づく思考が、どれも記憶から生まれているのは明らかである。知識は経験や実践を通じて増えていく。人が何かを考えて組織化し、記憶に取り込むと、それは知識となる。そうした知識の一部はスキルと呼ばれ、実践を経て作られる。これも記憶の一種であり、体か脳のどこかに存在している。それはすべて一つのシステムの一部なのだ。

川上量生さんのコンテンツ論にもありましたが、脳は、知識を得るため、思考をするために、自然を自分の理解できるフォーム・記号に切り取って、シンプルに抽象化しているそうです。これは、脳が複雑なものを処理できないことに起因します。自分んがどんなフォームで思考しているのか、どんな知識で思考しているのかを観察することは、自身の特性を知るよいアプローチになりそうです。

・文化のせいで、人が思考や感情に関して誤った方向へ導かれていると知ることが、非常に重要なのである。思考と感情とは一つのプロセスであって、二つのプロセスではない。いずれも記憶から生じるものである。記憶の中では、おそらく思考と感情のすべてが混在しているだろう。記憶は肉体に影響を及ぼし、感覚にも影響を与える。思考とは文化や社会全体に属する一種のシステムであり、歴史を経て進化してきたのだ。そして思考は、それを生み出す基と考えられる、個人というイメージを作り出している。このように考えると、知覚したり経験したりする、個人という感覚がわかる。

当然ですが、所属する社会によって文化は異なり、経験する事柄も異なります。経験によって記憶が生まれ、記憶によって思考が生まれ、思考によって個人のイメージが形作られるということであれば、文化によって、思考や個人のイメージは大きな影響を受けていると言えます。まずは、このことを認めることが大切なのでしょう。

・思考は物事の状態を人に伝えるだけで、その後、人はこうして得た情報により、何をすべきかという決定を心の中でくだす(選択する)。

まとめると、人間の判断のプロセスは「描写 → 提案 → 選択」となりますね。描写は記憶に基づいて行われ、提案は思考により行われますが、ここでも、文化や経験、記憶といったものが判断に大きく影響することが想像できます。

 
(9)トマス・アクィナスの用いた「参加」という概念

・彼によれば、文の主語は目的語に加わっているという。また、地上で人が見ている光は、太陽に関与しているというのである。光は太陽の純粋な物質の中に存在し、それを人が地上で受けている、と。こうした考え方をすれば、地球を我が物にしようと思う者もでないだろう。人は地球を共有しているのであり、それを略奪しようなどという行為は馬鹿げている。 ・自分と分離した対象のように見える食べ物が、あなたの一部になる。食べ物があなたになるのは、いつからか?どのようにして、あなたになるのだろう?どの段階で?食べ物があなたになったときと、ならなかったときとの境界線をどこで引くのだろうか?お分かりだと思うが、食べ物を文字通りに分離された対象と見なすのは、どこかが間違っている。具体的思考は断片化の方向へ向かいがちだ。一方、参加型思考は物事をひとつにまとめようとする傾向がある。

現代の「参加」とは少し違った用法ですが、全体の一部になる、大きなものに加わるというイメージを「参加」という言葉で表していますね。具体的思考が浸透している現代では、逆に新鮮な考え方に思えます。自分を、会社の一部、日本の一部、世界の一部、宇宙の一部と捉えてみる。それぞれの立場によって、問題への意見が変化していくのは面白いですね。


  「対話」、「意味の共有」、「社会」、「意見=想定」、「思考」、「参加」と、さまざまなテーマについて、いろいろな示唆を与えてくれる名著になっています。

これらのテーマに興味を持たれた方は、非常に参考になるので、原書に触れてみてくださいませ。

ということで、今回は以上になります。


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